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大鼓方 石井保彦さん

Mr. Yasuhiko Ishii

大鼓方 石井保彦さん

1964年生まれ
師匠はお父様の故・石井仁兵衛景喜氏(石井流12世宗家)。

石井家は本家が代々加賀藩(前田家)に仕え、分家が尾張藩(徳川家)に仕えた能の囃子方/大鼓方の家であり、保彦さんは2016年父の死去にともない13世を継承する。

「生まれた意義と、生きる喜びを見つけよう」、「今、いのちがあなたを生きている」(どちらも東本願寺の言葉)を生涯のテーマとしている。

 

 

舞台に立たれたきっかけを教えてください。

能楽師の家に生まれましたので、子どもの頃から能を聞いて育ちました(父が大鼓方、祖母が笛方の能楽師)。

稽古は中学生くらいから始めましたが、父の跡を継ごうと思ったのは大学生の頃でした。
私には双子の兄がおりますが、兄は「自分には合わない」と、早い時期に稽古は辞めてしまいました。

私は大学に入りゆっくり考え、また非公式の会などに出させていただく中で、美しいものに囲まれて生きるのも悪くないなという思いからプロになることを選びました。

選択してからは迷いはありませんでしたが、小学生の時は外交官に、また中高生になってからは貿易の仕事(母方の実家が老舗の繊維商社)に興味を持っておりました。

公式の初舞台(初能)は23歳のとき、京都の大江能楽堂で「胡蝶」という演目でした。

「ようやくデビューできる」という嬉しさと緊張、そして「これから長い道のりが始まるんだな」と、身の引き締まる思いであったことを覚えています。

 

 

芸歴33年、現在56歳。今どんなことを思いますか。

まだ余り余裕はない、というのが本音です。

大鼓というポジションは、囃子の中で柱(芯)となるパートだと思っています。また精神的な強さも求められます。
一曲をしっかりリードできるようになれれば良いのですが、まだそこは遠いです。

「大鼓とは何ですか?」と問われれば、「能の華」と今は感じていますが、これから時間をかけてつかんでいくことになるのだと思います。
当家の教えの一つでもある「闇夜の白梅」、夜、そこはかとなく漂ってくる梅の香。凛とした空気感、気高い様が、生涯の目標になると思っています。

年間100回以上、舞台・能を勤めていく中、同じ演目であったりすると、注意はしていても、ついついこなしてしまうことがある、という危険性もあります。
今日の舞台が生涯で一度の鑑賞になってしまう方もいらっしゃるかもしれませんし、また能が「なんだ、つまらんな」と思われるのも残念なことです。一期一会という意識は忘れないようにしたいと思います。

南北朝・室町時代に能を大成した世阿弥は「衆人愛敬、一座建立」を説いています。

能を愛してくれるお客様を大切にすること、一緒に育っていくことで、一座(流儀、広くは能)は成り立っていく、というふうにとらえています。新しくお客様を生み出していくこともこの道の命だと思っています。

 

芸道は奥が深いですね。上達のためにはどんなことが必要だとお考えですか。

 

大きく言うと、人間力をつけることは大切だと思います。

舞台には演じている人、その「人となり」がどうしても出てしまいますので、能の世界だけではない広い見識、経験もあればよいかと思います。

そして、健康であることは大切です。体だけでなく、心の状態がいつも平静でなければなりません。技の前に心を保つ、心を養うのは大切かと思います。

その上で、実技の稽古、曲の解釈や理解を深めること、能全体を見ていくことなど、年齢を重ねることでつかめてくる部分もあります。

能楽師として、生涯を通して、自分という一つの作品を作り上げていくことになりますが、そのためには、

  1. 純粋であること
  2. まっすぐであること
  3. 楽しむこと

この3つが大切かと今は考えています。

健康と健全(心の管理)はその大前提です。

 

師匠であるお父様はどんな人でしたか。

父は能が大好きな人で、また大鼓も上手な人でした。

職人気質で極める人、争いごとが嫌いな人でしたので、全体から上手く調和を作る人でした。芸と共に、多くの人から愛される、器の大きな人であったと思います。

若い頃は父の長所が見えない時期もありましたが、父は今でも私の目標であり、乗り越えたい道標でもあります。

いつか私が亡くなり、父や祖父、その他の歴代の皆様に会った時、「まぁ、がんばったな」と言ってもらえたら、少しホッとするかなと思ってます。胸を張って「しっかりやって参りました」と報告できたら嬉しいですね。

「生まれた意義と、生きる喜びを見つけよう」という東本願寺の言葉が、私の生涯のテーマです。

意義と喜び、両者を一致させる迄には随分時間もかかりましたが、50歳を過ぎ、ようやく少しずつ、道が重なってきたように思います。

能が出来ることを世に問いかけ、能も家(流儀)も発展できたら、と願います。

 

10年後、20年後、能楽師としてどんな未来を思い描いていますか。

二つあり、一つは流儀の継承と発展です。

私にはまだ息子がおらず後継者はありません。内から外から、なんとか作りたいとは考えています。

そして、その前提として継承するものを揃える、つまり、自己の研鑽・上達を含め、環境を整えるのが13代目としての私の仕事とも思っています。

時間をかけて流儀を整え、必要な仕組みはつくりたいと考えています。

 

もう一つは、やはり能を広く伝えていくこと、これも私のライフワークになります。

能は鎮魂の芸術と言われ、祈り、許し、和合(調和)を伝えます。

昭和、平成、そしてこの令和と、時代はダイナミックに変化しています。そしてそのスピードはとてつもなく早いものです。

しかし、能の持つポテンシャルは普遍的なものであり、その潜在する力はこれから益々必要になっていく、そんな予感はしています。

 

伝統芸能である能も、絶滅危惧種のように言われることもありますが、根本は変えず(変わらず)、そして大きく変える部分はしっかりと対応し、能を信じ、根気よく、丁寧に伝えていきたいと考えています。

当家は長く能の世界で生きて参りました。能には計り知れないご恩があると思っています。その責任と共に、当代であることに感謝し、同じ志ある仲間たちと働いていけたらと願っています。

時代は早いので、ゆっくりもしてられません。進みながら考える、色々な方々とも出会っていけたらと思います。

 

 

 

最後に、WABUNBOにコメントをお願いします!

THIS IS JAPAN! これこそ日本、そう感じました。

私は日本と、日本的な美しさが好きです。WABUNBOには日本の美を感じます。

日本の美は外国の方の方がよく特徴をとらえられるのかもしれません。

これも調和になると思いますが、日本人は海外の感覚もうまく取り入れ、そして調和の中から日本的な伝統を創ってきている民族だと思います。外国の宗教(仏教)を取り入れ、祖国(インド)とは違う仏教文化、精神を育ててきました。

神道、仏教、キリスト教やイスラム教は見事に調和しています。争いもなく。

外国の方の感覚と日本の伝統的技術が融和されているWABUNBOからは、正にそんな未来を感じます。

 

日本的なものを伝え残していくことにおいて、また何かご一緒にできることがあるかと思い、このご縁にも感謝しています。

これからにますます注目したいですし、私も励みにしたいと思います。

 

今日はたくさん聞いていただき、ありがとうございました。