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住職 井上城治さん

住職 井上城治さん インタビュー

住職 井上城治さん

證大寺/手紙寺

 

1200年の歴史ある寺

證大寺は承和二年(西暦835年)発祥、九州北部、現在の福岡県太宰府市にある続命院(ぞくみょういん)をそのルーツとし、1200年もの長い歴史を誇る大きなお寺です。

 

続命院は日本で最初の看取りのための施設でした。
太宰府は朝鮮半島や中国との交易の玄関口として栄え、九州各地から防人(さきもり)と呼ばれる国防のための兵士が集まっていました。

 

当時、九州全域が飢饉となり、同時に疫病が流行して防人など多くの方が死んでいったと記録されています。その人たちを収容し、「大丈夫だよ、こわくないよ」「さみしくないよ」と励ます場所として続命院は誕生しました。

 

続命院には次の三像があったとされています。

◎阿弥陀如来像
阿弥陀如来とは、別名を医王とも呼ばれます。力を尽くして治療を行う、医師の役割を担いました。

◎観世音菩薩像
観世音菩薩の「音」という字には「声」の意味があります。世音、つまり人々の悩みや希望に耳を傾ける看護師の役割を担いました。

◎薬師如来像
薬師如来は手に薬壺を持ちます。薬剤師の役割を担いました。

現代と異なりワクチンがない当時、続命院にはこの三像が安置され、人々を看病し、看取っていたのでしょう。

 

人生を変えた父からの手紙

これまでの人生を振り返り、まず思い出されるのは、先代の第十九世住職である父からの手紙です。

 

十代の頃、私は父に反発するばかりでまともに会話したことがありませんでした。しかし、二十歳を少し過ぎた頃、突然、父が病に倒れ、余命が少ないことが告げられました。これまでそっぽを向いていた現実、つまり、寺の住職として後を継ぐという運命と否が応でも向かい合わざるを得なくなったのです。

 

父が亡くなり七回忌を迎えた頃のことです。忘れられない出来事があります。その当時、私はお寺の運営に何かと思い悩むことが多い時期でした。私よりはるか年配の職員や代々つづく檀家の皆様と、寺の方向性について難しい話し合いが続いていました。
お寺を仏教の教えを聴くための施設として充実させるか、経営を優先するかについて意見が分かれ、私自身、どうしたらよいか、答えを見い出せずにいました。

 

当時、私は亡くなった父によく手紙を書いて相談していました。父に手紙を書いているときに、父の言葉が聴こえてきました。「本堂の仏像の上に、あなたに宛てて書いた手紙をしまっておいた。読んでみろ」という言葉です。」その声を頼りに、ひとり脚立を使って本堂の屋根裏を探すと、まさにその場所に父からの手紙が置かれていたではありませんか!

 

書かれていた言葉はシンプルなものでした。
「後継に告ぐ 證大寺の教えの灯を絶やすな」

 

私はこの言葉に大きな励ましを受けました。

 

「もう迷わない」。悶々と抱えていた悩みが一瞬にして吹き飛び、サッと視界が開けた瞬間でした。経営のためのお寺ではなく、仏教公開というお寺の役割を果たしていけという父からの願いのバトンを受け取ることができました。

 

住職 井上城治さん 

 

 

手紙を通して、己と向き合う

私は寺の住職として、日頃、葬式や法事の場面で檀家と向き合う機会が多くあります。
死を恐れる人は大勢います。
しかし、死は別れではなく、願いと命のバトンを伝えるための機会でもあるのです。
同じように、お葬式や法事は亡くなった人のために行うのではありません。お葬式や法事は亡き人と出会い直し、自分自身としっかり向き合うための機会でもあるのです。

 

たとえば、亡くなった両親に手紙を書いてみましょう。私たちが親からどれだけ思われてきたか…。たとえ、わだかまりや怒りの感情があったとしても、向き合うことによって少しずつ消化されていくのではないでしょうか。
手紙を書いて心を整理することが、今を精一杯、生きることにつながるはずです。

 

こうした思いから、私たちのお寺には「手紙処」という場を設けています。お墓参りに来た折に手紙に触れあってほしい、そして、故人に手紙を書いてほしいと願っています。

 

 

故人に書く手紙というと、なんだか大それたことのように感じるかもしれませんが、特別なことでなくともよいのです。「先日はこういうことがあった」「家族にこんなことがあった」といった何気ないことでも、些細な思い出話でも、故人を想い、語りかけることで心がスッとしずまります。

 

故人を想像しながら語りかけること、それは自分自身と向かいあい語りかけることでもあり、それこそが故人に対する本来の祈りであると考えます。

 

この船橋の「手紙処」は建築デザイナーの先生のご尽力もあり、アメリカの建築家が主催するアワードにおいて2017年度の最高宗教建築賞を獲得し、また手紙参りの仕組みが、香港で開催されているDFA Design for Asia Awardsにてグランドアワードを獲得しました。

「手紙処」外観 

「手紙処」室内 

 

 

手紙を亡き人に届ける

手紙処には、毎月100通以上の手紙が日本中から送られてきます。それらの手紙を月に一度、僧侶が燃やしていきます。僧侶が亡くなった方に届けるというスタイルですが、実は亡くなった方に手紙を書く時間こそが亡くなった方と時空を超えて語り合う「手紙参り」なのです。

 

これまで手紙参りをされた方からは、
「本当はこんなふうに語り合いたかった。手紙を書くことで、初めてそれが叶いました」
「ごめんなさいと書くつもりが許しを得た気がして、ありがとうと書きました」
などの声が届いています。

 

故人に手紙を書くことは仏教の教えにもつながります。亡くなった人を慕い、敬う気持ちが強くなれば、より強く今を生きることにもつながるのではないでしょうか。

 

 

最後に、中国や台湾、韓国、そして日本でThank you を意味する言葉は異なりますが、すべて仏教の教えが根底にあります。

 

日本語でありがとうという言葉は、有ることが難しいという意味で、当たり前でないということです。人に親切にしてもらえることが当たり前でしょうか。毎日の食事は対価を払えば当たり前ですか。

 

そうではないと思います。それを当たり前にしてきてごめんなさいという意味が、中国語の「謝謝(シェイシェイ)」、台湾語の「多謝你(ドオシャーリー)」、韓国語の「감사합니다.(カムサハムニダ)」(カムサは「感謝」を意味します)なのです。ありがとうを意味する言葉とごめんなさいを意味する言葉がつながっているのです。

 

この機会により一層、日本や仏教に親しみを感じていただけたら、嬉しく思います。